被災していない被災者
- 2月26日
- 読了時間: 3分
更新日:2月27日
最近、ずっと気になっていることがあります。
家族の事情、結婚、仕事・・・故郷の能登を離れて都会にゆき、長く経つという方たちがいらっしゃいます。
多くは70代後半から80代以上で、気軽に能登へ足をはこぶということもできない。
たとえ行けたとしても、被災地に自分が行ったら迷惑なのではないか、という遠慮。
あるいは、自分がその情景を見て傷つくのではないか、というおそれ。
自分は、もうずっと昔に故郷を離れた身。
捨てた、とは言わないけど、しばらく帰ることさえしてこなかったのに。
思い出すことだって多くはなかったはずなのに。
なぜか、地震後の故郷が、気になってしょうがない。
あの景色はどうなってるんだろう。
あの場所は、あの人は・・・
このごろは、ニュースで能登の景色を見ることもなくなった。
たまに小さな新聞記事を見つけては、考えこんでしまう。
気にはなっても、何をしていいのかわからない。
目の前の世界は平穏だ。
ただ、ときどき、波のように押し寄せてくる、心配、不安、あせり。
彼女たちも、心の中で被災を経験している。
私はそうおもっています。
そんな方たちが、定期的に連絡をくださり、「私に何かできることはないか」と声をかけてくれたり、ご自身でできることを考えて提案してくださったりすることがあります。
個人的に関わっている方たちなので数は多くないですが、彼女たちの、じんわりと、でも、確かな熱をずっと感じつづけています。
気遣ってくれ、同時にたくましく、私ができることをやらなくちゃ・・・と自ら考えて動き出そうとしてくださっている。私はその様子を知るたび、彼女たちに、はてしない敬意をかんじます。
彼女たちのように歳をとりたいなとも思います。
だからこそ、私たちは、その思いにどうこたえらるだろう、ということを最近、考えつづけています。
ネットやデジタルとはまったく異なる世界のなかで、はげまし返すというのはおこがましいですが、私たちは何を、どう伝えていけるだろうか。一緒に、何ができるだろうか、と。
先日、東京に暮らす80代の女性から、
「能登には、海の見える有料の老人ホームはないの?」とたずねられました。
能登島に一つだけありますが、それ以外はあまりないようです。
と答えると、
「そう・・・人生の終焉に、故郷の海を見つめて過ごしたいと考える人もいると思うわよ」
彼女は呟くようにおっしゃいました。
彼女は能登にゆかりがありますが、これまで能登の海は暗くてつらい、という印象をもっていた気がします。
けれどこの言葉を口にしたときだけは、彼女にとって能登が少し親しい存在になった、そんな感じがしました。
娘がふと母親の姿に自分を重ねるように、離れた能登の姿に自身の人生を重ねる。
故郷というのは、そういう一面をもっているのかもしれない。
そして自然災害とは、人の心の奥底にねむっている複雑に絡み合った感情を、思わぬ形で揺り起こすものなんだなと、思ったりもするのでした。
