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パッケージ支援
災害支援には、いくつかの段階があります。 いろいろと定義はあるようですが、個人的な経験をもとに私見で勝手にまとめてみると、 まず、発災直後の人命救助・生命維持のための、緊急対応の段階。 次に、インフラの回復とか仮設住宅や店舗の建設とか生活再建を支援する、復旧の段階。 そして、地域のこれからに向けて活動を行う、復興・再生の段階。 これらは表記の上では分けていますが、多くはグラデーション・複層的に重なっています。 「復旧完了、じゃあ復興に移りましょうか」なんてことにはもちろんならないので、復旧活動を行いながら、未来を見据え、復興の道筋を立てていくことが求められます。 また、特に公的機関は発災当初の緊急対応を行うと同時に、二次災害や災害関連死などを防ぐため、ある程度短期間で被災者の生活再建に向けて動きだす必要があります。 そこで日本では、「被災者生活再建支援法」という法律を設けていて、その法律に基づいて、「被災者生活再建支援制度」が施されるようになっています。 法令 https://www.bousai.go.jp/taisaku/seikatsusa
2025年10月25日


解体サウンド
周囲、四方八方、解体してます。 今現在、隣と斜め向かいの1軒が絶賛解体中。 重機の音とか、掘削とか、家が「めりめり」って崩れていく、強い振動を伴う解体サウンドが響き渡っています。 朝8時すぎから夕方17時過ぎまで、遅い時は18時くらいまで。 日曜日は休日ですが、祝日も作業しています。 解体業者の方はじめ作業の方は何ひとつ悪かないし、被災状況がひどい地域なので解体物件が多すぎるとかあるんですが、ここらは商店街だったところで、わりと日中もここに住んでお店したり、家で作業してる人もいます。 その人たちは、ずっとこの騒音を聴き続けているわけです。 まだまだ解体予定の建物は残ってて(周囲2〜300メートルくらいの範囲で、ざっと見て今後解体予定の建物は6軒)、鉄筋のビルとかもあって、この先も毎日この騒音が続くのかと思うとしんどくなってきました。 もちろん(?)更地にして何かを建てようっていうための解体じゃないよ。 また一軒、また一軒、消えていく。そういう解体。 先日、ある雨の日、近所で解体業者の方に事故がありました。 警察の検分も来ていたのでかなり深刻な状況
2025年10月16日


海辺の家
また一軒、残したいなと働きかけていたお家の解体が始まりました。 海の目の前にあって、立派な木材を使った、能登らしい魅力のある家でした。 被災も含めて建物の状態が悪かった、空き家なので修繕の予算の目処がつかなかった、良い出会いとタイミングにつなげることができなかった、などなど。 解体に至った理由は相変わらずです。 これまで残そうと動いてきた家は、空き家だったり、家主さんが亡くなられていたり、管理されている方が近く住んでいないという状況が多く、建物や立地、景観の魅力に惹かれて「なんとか残そう」という思いを持って活動をしていくと、だんだんと、「私が」残したい家、「私が」残さないといけない、「私が」諦めればいいだけ、「私が」納得すれば解体でいい、というようにすり替わってしまってたなと反省しました。 当たり前だけど、その家は深い歴史を刻んできたわけで、地震後に知った私たちなんかよりもずっとずっと、長くそこで時を過ごした人たちがいらっしゃいます。 今日から解体がはじまる、ということでお仕事の休みをとって現地に足を運んでこられた家主の娘さんは、雨の中、解体され
2025年10月14日


能登を忘れないで、という言葉
「◯◯さんの奥さん、軽度のアルツハイマーなんだって」 先日耳にした、地震後早い段階で全壊判定を受けた家を解体し、県内の都市部へ移住した方の話。 お子さんの住まいの近くに家を買ったと聞き、安心して住めるようになってよかったね、と思っていたんだけど。...
2025年8月10日


ある要人
女のスマートフォンが鳴る。 「要人と座談会がある。参加しないか」 電話口の男が神妙に言った。 ・・・ 夏といえば読書よね。ということで、今回は、星新一風にはじめてみました。 (本当はブログが久しぶりになってしまって、作文感覚を見失っているだけ) さて、気を取り直しまして。...
2025年7月9日


「地震を機に」「復興のために」
1年半経とうとしている今、何をしていいのか、わからない。 というと、もう困ってることはないのかな。 ある程度復旧できたし、よかったのかな。 と思われるかもしれないけど、 もちろんあいかわらず、いろいろとある。 1年半経ち、変化したことといえば、「良くも悪くも、慣れてきた」と...
2025年5月28日


どこにでもあるつまらない田舎
繰り返しになっちゃいますが、Futoは、復興以降のまちの再生を見据えて生まれた団体です。 災害支援団体と名乗る時もありますが、どちらかというとまちづくりとかクリエイティブな活動を行う集団という自負のもと、俯瞰的・長期的な視点を大切に、活動してきました。...
2025年5月6日


失業保険とボランティア
人がいません。 人口が、という意味もですが、活動できる人がいない。 人手が足りません。 能登官民連携復興センターに問い合わせてみたけど、能登の方々で同じような悲鳴があがっているようです。 能登で活動している人同士はそれなりに面識があるし、応援しあっているけれど、お互いがお互...
2025年2月7日


「流行病みたいに、みんな解体解体」
これは、私のお世話になっている建築関係の方が嘆いた言葉です。 以前の記事にも書いたけど、何をもって、進んでいるというのか。 (「進んでる、進んでない」 https://www.futonoto.org/post/_0530 )...
2025年1月16日


Still Dreaming?
日暮れが早くなり、北陸特有の時雨空がつづくようになりました。 家で作業する日が増えた最近。 先日、久しぶりに夕方の散歩にでかけました。 小学校の頃、道草しながら通るのが好きだった裏道へ。 家々が立ち並ぶ小路は、愛犬の散歩でもよく足を運んだ道。...
2024年12月1日


私見・瓦事情
能登建築の特徴のひとつは、なんといっても、黒瓦。 漆黒につやつや光っているのは、釉薬を重ねて塗ってあるからで、 凍結による割れや塩害を防ぐため、さらに雪を滑り落ちやすくするためなどの理由があります。 漁村に、身を寄せ合うように並ぶ黒瓦の家々は能登らしい景観の代表格。...
2024年11月10日


物資はプレゼント
誕生日プレゼントを選ぶのは、難しい。 じゃあ物資を選ぶのは・・・? 思い返してみると、被災直後から数日は、物流が滞っていたこともあり、物資に生活を助けられていました。 (以下は、あくまで、私の場合ですが) 地震発生後から1週間、避難所生活を送っていた我が家族。...
2024年10月19日


地震が、怖い
Futoには、数は少なくとも、長期や定期的に訪れてくれる仲間がいます。 滞在できる拠点は用意していますが、活動は完全無償のボランティア。 彼らは、長く地域に根付いた活動してくれているので、いろいろな人と顔見知りです。 いつも富来に戻ってくるたび、地域の人から「また来てくれた...
2024年10月17日


1人の10回と10人の1回
これまで、活動内容を紹介する際に、 必要な家財の運び出し、災害ゴミの運搬・片付け支援 なんて書いていたけど、よく考えたら、言葉にしちゃうとものすごくライトに伝わるもんなんだなあ・・・と思う今日この頃。 災害ゴミ運搬には、 解体予定だけど、できるだけ荷物を整理して解体を待つ...
2024年9月30日


珠洲は、私の好きな珠洲のまま
能登のよさの一つは、自然との距離がちかいところ。 里山里海というくらいなので、海と山と里の距離が手頃で、思い立ってふと裏山にいったり海にいったりできます。 幸か不幸か人口は少ないので、どちらにしろ人がごったがえすということはなく。...
2024年8月7日


時計を修理するのは誰
先日、こんな話を聞きました。 富来出身で、現在は関東在住のボランティアさんたちが、短期ボラで、高齢のお父さんお一人暮らしのお家へ手伝いに入った際のこと。 内容は被災家屋の片付け、災害ゴミの運搬で、お父さんは「もう捨てて、捨てて」という感じで作業は順調に進んでいきました。...
2024年7月31日


ボランティアのお金事情
週7のように活動しているのを見て、地元の人から、「どうやって生活してるの?」と言われるようになりました。 ときどき心無い言葉をうけることもあるので、一応ここに記しておこうと思います。 私(鶴沢)は、震災前から、富山県にある会社からリモートで簡単なデザインやレポート制作の仕事...
2024年7月17日


半壊の家
個人的な話ですが、私(鶴沢)の家は、半壊です。 家の中は6cmほど下がっていて、四方が捻れた感じで歪んでいます。 戸がちゃんと閉まらない箇所は数知れず。 壁の石膏ボードはほぼ100パーセントほころんでいます。 半壊から中規模半壊にでなったところで大きな違いはないため、不服申...
2024年7月16日


開かない戸
ひょんなことからご縁がつながった、岐阜の古川町商工会青年部のみなさんが、先日、1日ボランティアにお越しくださいました。 総勢13名、それぞれが手に職を持っているプロフェッショナル。 個別のニーズにつなげたくって、一人ひとりのご職業をうかがい、大工さんチーム、左官チーム、林業...
2024年6月11日


なぐさめとはげまし
令和6年能登地震から5ヶ月が過ぎた昨日、6月3日。 家の中の洗い場で洗濯物をすすいでいたところ、地震速報のアラートが鳴りました。 あわてて水を止めて駆け出した先は、今年の1月1日、母親とともに逃げ惑った家脇の通路。 ぐらぐらと揺れる木のフェンスを見つめながら、あの日の光景が...
2024年6月4日
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