私見・瓦事情
能登建築の特徴のひとつは、なんといっても、黒瓦。
漆黒につやつや光っているのは、釉薬を重ねて塗ってあるからで、
凍結による割れや塩害を防ぐため、さらに雪を滑り落ちやすくするためなどの理由があります。
漁村に、身を寄せ合うように並ぶ黒瓦の家々は能登らしい景観の代表格。
個人的には、月の光が反射した姿が好きで、いつも見惚れてしまいます。
そんな瓦も、地震後はさまざまなシーンで話題の中心になりました。
正確にいうと、批判の対象になりました。
たとえば、
瓦のせいで家がつぶれたんじゃないか・・・
とか
もう瓦なんか見たくない・・・
とか、
あるいは、
瓦屋さんが全然直しにきてくれない・・・
とか、
瓦屋がぼったくってる・・・
とか。
正直、景色として見るくらいでこれまであまり瓦に興味をもたなかった私ですが、そんな瓦論争を耳に挟む日々の中で、
本当に瓦は悪なのか?
じゃあ瓦をやめてしまえばいいのか?
私の愛する美しい能登の景観に、瓦は当然あるもの。
瓦屋根がなくなったまちなみって一体・・・
そんなことを考え出すと瓦のことが気になって仕方なくなり、いろいろと調べるようになりました。
以下は、あくまで(富来における)私見ですので、あしからず。
まず、瓦が原因で家が潰れたのか?について。
正確なことは素人の私はわかりかねますが、地震の際、瓦の重みだけが原因で家が潰れることはない、というのが、私の個人的な見識です。
これについて詳しくは専門の方に任せますし、判断は皆さんに委ねたいと思います。
そして、専門的な見識や科学的根拠がどうこうより
大事な何かを失った身であれば、もう決して瓦を見たくないという気持ちを抱くことは、想像にかたくありません。
では、瓦屋さんが矢面に立たされて、「復興バブルに乗ってる」とか「高すぎる」と責められるのは、なぜなのか?
まず私が思う理由の一つは、多くの人が瓦の葺き替えを経験したことなかったから。
実際、瓦の葺き替えにいくらかかるか、想像したこともありませんでした。
加えていうと、地震発生後、瓦屋さんが動き出すのが早かった(早くならざるを得なかった)。
ご存知のとおり、家は雨が入ったら終わりです。
畳も使い物にならないし、建材にカビが生えたり、ひどくなれば柱なども腐ってしまいます。
そのため、ずれた屋根瓦にブルーシートを設置する応急修理の後は、すぐに見積もり・修理依頼、となりました。
(ブルーシートが一体どれくらい保つのかみんなよくわからなかったし)
一方、元来、細々と数人でやってきた地域の瓦屋さんたちは、急に数百の案件をかかえることになります。
もちろん、身内でこなせる数ではありません。
となると全国へ応援を望みますが、支援してくださる職人さんたちの移動費、滞在費は、自己負担するしかない。
地震発生当初は、県外の職人さんたちに対する公的な助成制度がありませんでした。
結果、それら費用を含めて依頼主さんに請求する形になり、通常よりは高い金額での修繕費用が見積もりとしてあがってくることに。
(現在は、県外の職人さんたちへ公的な助成金が出ています)
さらに、瓦屋さんが「高い!」とか「なんでもっと早くできないの!」とか責められてしまう大きな理由の一つは、瓦職人さんの仕事が伝わりづらいからではないか、と思っています。
瓦屋さんといえば、当然、高所・屋根の上の仕事。
作業内容も作業中の様子も、完成した屋根さえも、依頼主のほとんどは、下から見上げることしかできません。
仕事の良し悪しを、自身の目で見て判断することは、難しい。
だから、「数日で終わったのにこんなに金額がかかるのか」とか、逆に「あれだけの人数がいて、なぜこれだけ時間がかかるのか」などと思われてしまうこともあるのかな、と感じています。
以前、多忙極める富来の瓦屋さんに、いろいろと瓦について教えてもらったことがあります。
その瓦屋さんはもともと、防災力に優れた質の良い瓦を使っていて、その分材料費が高くなると言っていました。
また、能登の瓦も昔は動線葺きだけだったけど、今はビスでの固定が主流だそう。
だからといって、ただビス打って留めていけばいいかというと、そうではなく。
瓦は屋外に設置するもので、地理的な影響をものすごく受けるものです。
そのため、潮や太陽の当たり方はもちろん、どちらの向きから風が吹くのかなども考えて、瓦の葺き方を変えることがあるんだとか。
本当に職人の技なんだな、と、すごく感動したことを思い出します。
地震後、「屋根の上とか瓦のことなんて、考えたことなかった」「こんなにまじまじと屋根を見上げることなんて・・・」という話も聞きますが、私もその一人。
梁をレスキューしようと試みはじめた頃から、どのお家に入っても天井を見上げる癖がつき、知れば知るほど面白い瓦の世界にどっぷりはまった今は、どこでも瓦をまじまじと見てしまう。
ところで。
最近、港町の入江に面した船小屋(といっても十分、居住可能な建物)を、自由に使っていいよ、と声をかけてもらいました。
シンプルな小屋で、サイズもちょうど良く、目の前が海とかなり魅力的。
Futoの海の拠点・もしくは秘密基地になる!
ありがたいご縁に嬉々としながら、集めた古材を使って少しずつ改修しようと、作業に入っていました。
と、いつもの癖で2階の天井を見上げた・・・ら
え?
天井から、ビスが、突き抜けてる・・・?
屋根板のあちこちから、キラキラ光るステンレスの長いビスがびょーんと突き抜けていました。
よくよく見ると、片屋根だけそうなっているので、屋根を作る際に使ったものではなさそう。
ともすると瓦を留めるためのビス?
片屋根だけだし、もしかして、瓦、葺き替えてる?
家主さんにお伺いしたところ、案の定、地震後に、半分の屋根瓦がズレ落ちていたため修繕したとのこと。
費用はもちろん、通常の瓦修繕と比較すると安いものの、数十万円(100に近い)でお支払い済みだそうです。
作業をしたのは、地元の建築業者さんを介して屋根の修繕を請け負っている、県外の職人さんとのこと。
温暖な地域の方たちのようで、瓦職人ではなく、工務店の方。
瓦葺きもビス打ちが主流になったし、ある意味高所に登れれば誰でもできる、と思われるようになってしまったのか。
小屋だし誰も住んでないんだから、ビスがちょっと長いけど、別にいいでしょ、と思ったのか。
気候の違いなんて、考えも及ばなかったかったのか・・・。
実情は、わかりません。
ただ、ここは冬ともなれば寒風吹き荒ぶ日本海。しかも、海の目の前です。
今回のようにビスが突き抜けてればそこから雨がつたうし、冬場は潮風、波の巻き上げなんかもあります。
すぐには雨漏りしなくても、天井板が濡れればそのうち腐ってくるし、まして軒先なんて、屋根の板が裂けてくる。
そうなったら、それこそ地震がきたら、屋根が潰れます。
完全に修繕するため、屋根を作り替えるしかありませんが・・・現実的じゃないよね。
しかも、この小屋は天井板がない吹き抜けのつくりだからわかったものの、住居の場合は、天井板で隠れてしまうことも多々。
とすると、すでにこの業者さんは何軒も、この長すぎるビスを使って作業をしてしまってる可能性があるのか?!
重いものがずんっとのしかかってきた感じで、頭を抱えてしまいました。
ここでしっかり言っておきたいのは、窓口になっている地元の業者さんは、全く悪意をもっていないということ。
彼らも瓦屋さん同様に、ほそぼそと少人数で、地元を中心にやってきた方々です。
これまで、他県の方とネットワークを持つこともなかったでしょう。
地震後の作業が追いつかない中、「手伝いますよ」との声を、ありがたく受け入れたのだと思います。
もしかしたら、実際に屋根の補修をした工務店の方も、悪気がなかったのかもしれません。
ただ、能登の土地のこと、建築のこと、瓦のことが、伝わってなかった。
全国から支援にきてくださっている作業の方は、いつかこの地を去ります。
あとあと問題が起こったときに責任をとるのは、窓口になった地元の業者さん。
そのことを考えると、ぐっと胸がつかれる気がします。
そして、なにより、こういうことが伝わってなくて、ただただ「高すぎる」と責められる、腕の良い地元の瓦屋さんのことを思うと、心底やるせないよ。