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文化自然塾vol.0
長らくFutoを見守ってくださっている皆さんなら、「自然塾」とか「文化塾」とか言いつづけていたのを、耳にしていらっしゃると思います。 やるやる詐欺になりかけていましたが、ずっと構想と準備はしていました(語尾強め)。 ただ、文化自然塾における具体的な活動内容は決めていたものの、そのはじめ方を迷っていた。 概念や枠組みを固め「文化自然塾とはこういうものですよ、参加者募集、きてね」という形を、最初からはとりたくなかったのです。 その理由は、私自身が天邪鬼なせいもあり、型が先にできあがったものに参加することにあまり興味が持てないから。そしてもう一つ大事なことは、言葉や概念が先に立ってしまうことは、文化自然塾の本来のめざす形とは真反対に位置する、と思っていたからです。 そんなこんなでごにょごにょ言いながら時間だけ経っていて、第一歩を踏み出しそびれた足がぶらぶらと振り子のようになってきた今日この頃。 かねてから私たちの活動に共感してくださり、富来の地域再生に向けて考えていこう、と一緒に模索してくださっているPolygonのシャーリーンさんたちが、再び、富来を
10月14日


自然災害が多すぎる
まるで他人事の稚拙な表現で恐縮なのですが、災害の重なりに心の整理が追いついてない、というのが、今の正直な思いです。 温暖化、異常気象。 私たちはすでに、日々の実感としてそれらを十分すぎるほど味わっているはずなのに、人間の適応能力とはいいのか悪いのか優れたもので、暑すぎる夏にも、異常な海水温が引き起こす現象にも、目の前に広がる非常な光景にも慣れ、感情さえもが麻痺してしまっていることに恐ろしさを感じています。 「昔はこんなに暑くなかった」というのは、能登のみなさんも、口を揃えて言います。 「温暖化」「異常気象」。 記号のような言葉はあちこちで常に飛び交っています。 でも、温暖化につながる理由は何なのか、とか、いつから異常と言い続けてるのか?、あるいは、今自分たちは何ができるのか?といった具体的な話には、及びづらいというのが実感です。 「今まで冷房いらなかったんに、冷房つけた」とか「熱中症になったら大変だから冷房つけろって子どもに言われた」とか、「明日は我が身、防災の意識を高めなくちゃ」とか。 もちろん、自分自身や大切な人の身を守る意識は、何よりも大事
9月1日
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