子孝行な災害
- 4月28日
- 読了時間: 6分
先日、とある知人から「仮設(恒久)に入らせてもらっとるけど、やっぱり家を建てようと思って。でも、仮設の人にはあんまり言えんから」と相談を受けることがありました。
(以下はざくっとした相談内容)
・自分の家はもう解体しており、今は恒久仮設(仮設期間を終えたら公営住宅として家賃を払って住み続けることができる)に入っている。
・迷っていたが、同じ土地に家を建てようかなと考えている。
・新しい住まいに暮らすのは現在70代の方一人暮らしの予定だが、今後、お子さんが帰ってくる可能性もある。
・建築に関して誰に頼んでいいのかわからないのでハウスメーカーで選ぼうと思っている。今の所、A社B社の2社で迷っている。(モデル住宅は見に行った)
・A社は、額面で平屋の3LDK1,800万円と書いてあったが、能登だと遠方費で450万円プラスになると言われている。
・B社の方が外観はしっかりして良さそうだが、耐震基準が「1」。逆にA社は耐震基準が「3」(?)。耐震基準が高い方がいいと思うが、B社の場合は耐震基準をあげるとプラス◯◯円と、金額があがっていく。
ということで、「耐震基準1って安心できるの?建築士の方に聞いてみてほしい」というのが相談の内容でした。
さらにもう少し詳しく話を聞くと、世界情勢の影響で材料費が今後もっと高くなるんじゃないかと思って焦っている、平屋がいいか2階建ての方がいいんじゃないかとか、お子さんとの意見の違いもある、耐震基準以外にもいろいろと不安、わからないことが多くて誰かに相談したいと思っているけど、誰に相談していいかわからない。「仲良しの人はおるけど同じ恒久仮設に入っている人には話せないし・・・」ということで、「誰かに話して考えたい」という思いも含めて、私に声をかけてくださったのでした。
その後、お世話になっている建築士の橋本さんに相談し、話を聞いてもらうことになりましたが、そもそも、なぜ、仲が悪いわけではまったくないのに仮設の他の人には話せないのか?
そのわけは、ずばり、災害公営住宅もしくは恒久仮設を出て、新しい家を建てられる人、もしくはお子さんが帰ってくるとか、お子さんの元に行ける人というのは、「お金がある人」あるいは「息子や娘から見放されてない人」として羨望の対象になりやすいから。
地震発生前、能登の多くの方は、高齢の単身もしくは夫妻二人暮らしで家に住まわれていました。地震で建物が被災し、「じゃあ、家をどうしよう。お金も含めて子どもと相談」というのが多くのご家庭で行われたことだと思います。
そして、遠方に住まわれていて戻ってくる予定のないお子さんたちから、「今後誰も戻って住む予定がないところに、そんな莫大なお金かけれない」「公的な支援で修繕費用は賄えないし」「この際、解体してもらって仮設か公営住宅(あるいは介護施設)に入った方がいい」「負の遺産は残さないで・・・」と促された(ご自身で考えた)結果、修繕を断念して解体、という決断に至った方も少なくありません。
もちろん、お子さんたちだって私利私欲での判断ではなく、家庭の事情含めさまざまな理由からそう促すしかなかったのだと思うし、ある意味、能登に対する印象として、今後は衰退する地域で、仕事もないし人が増えることもないし、戻って住む対象じゃない・・・と思ったとしても、それは一般的な価値観なんだろうと感じます。
「みんな言っとるわいね。誰も戻ってくる予定もない家の解体ができて、負の遺産は残さないで済んだんやもん。『子孝行の災害やったね』って」
もう十分議論された上で実現できなかったことなんだろうし、こんな「贅沢な」ことを言うのはおかしいのかもしれないけど、やっぱり、災害公営住宅や恒久仮設はできるだけ元の住まいに近い場所で、元の暮らしの形に近い形で建てられることが理想だった、と思います。
発災当時は、自宅を支援金で直せると思ってたから仮設に入らなかったとか、住み慣れたコミュニティがあるから、などさまざまな理由があって仮設を選ばなかった人がいると思いますが、その後、必要に駆られても仮設(恒久)や災害公営住宅を選ばなかった人たち、あるいは最初は仮設に入ったけど出た人たち、もしくは仮設にいて「元の生活を取り戻せていない」と感じる人たちがいるとすれば、それは、それまで暮らしてきた「空間」と、仮設や災害公営住宅の「空間」に乖離がありすぎるからじゃないかな、と感じています。
「空間の乖離」として、もちろん、居住空間が狭い、という点があります。
私の知り合いは、3人暮らしで4畳半二間とダイニングキッチンがある、「広い方」の仮設に入っています。
車椅子のおばあちゃんが4畳半を一部屋使い、共働きの60代のご夫婦は4畳半に二つベッドを置いて寝ているそう。なかなか大柄の方なので、大変だろうなと思いますが、「掃除は楽やけどね!」と笑っていました。
また、個人的に、建物の中が狭いという点以上に気になっているのが、「家の内と外の中間のような場所の有無」です。
そもそも能登の家(日本家屋全体に言えること)というのは、敷地内に、庭とか畑とか屋敷林とか縁側とか軒先とか、そういった、自分の「内」と「外」、「公」と「私」との中間の、あいまいな空間があることが大きな特徴の一つです。
「家の前で畑をやって」とか「植栽や外壁をちょこちょこ手入れして」とか「裏にある林で山菜とってきて」とかして生きてきた人たちが、そこで通りすがりの人と「ちょっと立ち話」なんてしてきた人たちが、急に、家の中か外しかない住宅に入る。
本人がどこまで認識しているかどうかはわからないけど、その窮屈さというか圧迫感は、ちょっとずつストレスになっているんじゃないかなと想像します(私だったら無理)。
以前、裏山の竹林でたまたま出会った元近所のお母さん(現在は旦那さんと二人で仮設暮らし)は、「こんな場所(裏山とか竹林)があるからやっていけるわいね。仮設の中にずっといたら頭がおかしくなる」と小さく呟いていたけど、それがすべてを表していると思います。
彼女にはまだ自分で運転できる旦那さんがいて、自分の足で裏山に行くことができますが。
どこかに書いたかもしれないですが、以前ボランティアに来てくれた岐阜の子が富来の山間の集落を見て、「こうやって能登らしい家に住んで、すぐそばに庭とか畑とか田んぼがあって、そうやって生活してた人たちが急に1Kの仮設住宅に入って、そのまま人生を終える。自分の人生って一体なんやったんかなって思うやろうな・・・」と呟いた言葉は、とても印象に残っています。
もちろん、プレハブの仮設は本当の仮設住宅なのでスピード感が必要なので、取捨選択のなかで考慮できなくて仕方ない部分もあると思いますが、恒久仮設の一部や公営住宅については、もう少し丁寧な議論と検討があってもよかったのではないかな。
そして、もし、その丁寧な恒久仮設や災害公共住宅の実現が叶えば(過去に建てられてきた富来の公共住宅は、わりとそういう形を実現している)、親孝行も子孝行もできたんじゃないかな。
過ぎたことを言っても仕方ないんだけどね。
