台湾レポート 教育編4 日本の話
- 4月7日
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更新日:4月10日
日本に戻り、私は、これからの活動について考えています。
いくら福智の教育が良いといっても、じゃあ日本の学生が台湾にいけばいいか、とか、福智の教育プログラムをそのまま能登に持ってきて学校作ろうとか、というとそういうことではありません。
私自身は、「能登」という土地に想い入れがあり、「能登に人が学び育つ場を」というこだわりは持っています。
その理由は、能登という土地が持つ自然環境、歴史、手仕事を含めた多様な文化、多様な生物、あるいはその背後にある霊性みたいなものも含め、学びの場としての魅力を認識しているからであり、能登地震という出来事が起こったというきっかけから一種の導きみたいなものを感じているから。
しかし、前述のように台湾のような学校教育を誘致すればいいということではないし、富来に民間学校を作りましょうということでもありません。
じゃあ、能登・富来らしい学びの機会・場・形とは?
手仕事の話は後日するとして、一つ、今回の旅を通じて見えてきたのは、あえて形のある「場」を設けなくても、今回のように、Futoが、能登・富来が、子どもたちあるいは大人も含めて、国を越えて人々が交わる「交流地点」として存在することにも、意味があるのではないか、ということです。
福智はマートフォンや電子機器から生徒を離し、外部の情報に惑わされないことを重視していますが、私は今回の旅を通じて、たとえスマートフォンやSNSがあっても、「本当の世界は、実際に行って、自分の五感で体験してみないとわからない。そのことを、実は、世界中の子どもたち自身が本能で感じているんじゃないか」と、気づき始めています。
けれど、今いる世界から抜け出したい、とか、何かを変えたい、変わりたい、そうやってもがいている子どもたちを、外の世界に引き上げてあげる、あるいはつなげることができる機会や、親以外の大人が、今の日本には不足しているのだと思います。
抽象的な表現ですが、今いる世界や社会に、「何か」を感じている子どもあるいは大人たちが、別の世界と出会う機会という意味での場。また、出会った人たちが、ここで何かを実行したいと思った時の、余白としての場。
かつて、富来が、海路の寄港地であったように、あるいは渡り鳥の中継地であるように、柔らかな場所として能登・富来が存在できればいいな、と思ったりしています。
ところで、今回の旅でなにより嬉しかったのは、同行してくれた中学生の彼女に、台湾の友達ができたこと。
これから私たちには「台湾の学生たちを能登・富来にお招きする方法を探る」という次なる具体的な目標が与えられ、中学生の彼女はすでに、台湾から友達が能登を訪れた場合の過ごし方について積極的に企画を提案してくれています。
ちなみに今回の滞在中、彼女は動物や自然との触れ合いに大興奮してくれて「こんなに綺麗な場所が世界にあるなんて知らなかった!」「もし能登にこんな場所できたら絶対に行くね!」と言ってくれたので、能登での自然塾(公園づくり)も、がんばって進めなくっちゃね。
さて、まだまだ語り切れない部分もありますが、教育編は一旦ここで締めくくろうと思います。
大変長いレポートを読んでくださりありがとうございました。
最後に、旅仲間の中学生の彼女が教えてくれた、石川県の公立中学生の現状を一部、以下に記して終わりにします。
今通ってる学校は、勉強、勉強、競争、という感じ。
中学校1年生の時点でどの高校に行くか決めなくてはいけないし、みんな塾に通っている。
何をしたいかというよりも、いい学校に入ることを目的にしているんじゃないかな。
勉強のできる子は弁護士とか医者を目指していると思う。
校庭とか外で遊んでいる子はいない。
女子たちは休日になると商業施設に出かけて、買い物かガチャガチャ。スマホかゲームして過ごしている。


