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被災していない被災者
最近、ずっと気になっていることがあります。 家族の事情、結婚、仕事・・・故郷の能登を離れて都会にゆき、長く経つという方たちがいらっしゃいます。 多くは70代後半から80代以上で、気軽に能登へ足をはこぶということもできない。 たとえ行けたとしても、被災地に自分が行ったら迷惑なのではないか、という遠慮。 あるいは、自分がその情景を見て傷つくのではないか、というおそれ。 自分は、もうずっと昔に故郷を離れた身。 捨てた、とは言わないけど、しばらく帰ることさえしてこなかったのに。 思い出すことだって多くはなかったはずなのに。 なぜか、地震後の故郷が、気になってしょうがない。 あの景色はどうなってるんだろう。 あの場所は、あの人は・・・ このごろは、ニュースで能登の景色を見ることもなくなった。 たまに小さな新聞記事を見つけては、考えこんでしまう。 気にはなっても、何をしていいのかわからない。 目の前の世界は平穏だ。 ただ、ときどき、波のように押し寄せてくる、心配、不安、あせり。 彼女たちも、心の中で被災を経験している。 私はそうおもっています。...
2月26日


なぜ、文化財レスキューが災害支援につながるのか?(4)
公費解体の完了が近づくにつれ、文化財レスキューの現場活動は、一区切りを迎えようとしています。 これまで出会ったたくさんの「もの」と富来の文化、歴史から学んだことを次にいかにいかしていくか。Futoとして、どう活用していくか。 まだまだアイデア段階ではありますが、これからやっていきたいことは、見出しつつあります。 まず、歴史博物館の方が書いてくださっているように、今回レスキューした道具、民具、歴史文化などに関する聞き取り調査は、喫緊に行いたいところです。公的機関に委ねたい部分でもありますが、伝承できるみなさんがかなり高齢にもなっているので、あんまり時間に余裕がありません。 民間でできることから少しずつ、早々にはじめなくてはと思っています。 また、地頭町と領家町を歩けるまちとして再構築することをめざすのも、Futo的な大事なテーマに掲げます。その方法はまだ模索中ですが、できればまちなかに、小さなギャラリーでもよいので、今回集められた「もの」と、その「もの」を通じて地域のことを伝えるような場所をつくりたいと思っています。 そしてもう一つ。これはもう少し
2025年11月16日
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